ボテ腹ボルダーの日常

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適応障害という病気。実体験を元に紹介します。

こんにちは。
今回は僕が今現在戦っている
適応障害という病気について実体験を元に
書きたいと思います。

 

 

1.最初に伝えたいこと

適応障害って何?と思われる方も少なくないと思います。
その前にどうしても伝えたいこと。それは、
「適応障害は誰でも発症する可能性がある」ということです。

2.適応障害ってどんな病気?

簡単に説明すると、環境や状況によるストレスが、当人の許容範囲を超えることで
心身や行動面にさまざまな症状を引き起こす心の病気です。


僕の場合は病院で適応障害と診断されるまでの間、
もしかしたらうつ病なのではと考えてた時期がありました。
まず症状が似てるんですよね。
そして、適応障害という言葉…

あんまり聴いたことないんですよね。
おまけに発症した人はそのことを回りに言わないので、自分が診断されるまでは、存在を知らなかったんです。

3.適応障害になった原因

適応障害は環境の変化に対応できないことで発症する病気です。
僕の場合はまず4月に転勤して、単身赴任となります。
転勤することによって、今までやっていた仕事とはまったく違う仕事をするようになりました。
ただそれだけだと、数ヶ月で環境にも仕事にも慣れてくるので、
適応障害にはならなかったと思います。
4月に移動してからずっと、パワハラっぽいことを受けておりました。
それはだんだんエスカレートしていくのですが、
環境にも仕事にも慣れていないうえに、先輩からのパワハラまがいの行為。
僕はどんどん追い込まれていきます。

4.どんな症状が出るの?

大きく分けると「情緒的障害」と「行為の障害」に分けられるそうです。
しかも両方を伴うこともあるようです。

「情緒的障害」について

①抑うつ気分や涙もろさ

基本的に抑うつ気分だった気がします。

仕事が終わって家に帰っても仕事のことが頭から離れず、

不安になり夜も寝れないことが続きまた。 

単身赴任をしていた時期であり、

毎週日曜日に電車で赴任先に移動してました。

駅から赴任先の家に帰る道中涙を流しながら帰ったこともありました。

われながら情けないです。

②絶望感など「抑うつ気分を伴うもの」・「不安を伴うもの」

僕の場合は絶望感というより不安感が大きかったように思います。

仕事の不安が大きかったようです。
会社で誰かにちょっと優しくされると、

涙が出るようにもなってました。

今考えると恥ずかしいですが。

「行為の障害」について

①規則を守ることができない

特にそんなことはなかったように思います。
基本的に規則やルールは守ります。

※どこで誰が見ているかわからないので…。

というびびり屋の発想です。

②怠学や粗暴行為

適応障害の原因を取り除いたあと、

若干ですが粗暴行為が目立つ気がしております。絶賛反省中です。
怠慢といった行為はほとんどありませんでした。

どちらかというと一生懸命仕事をこなそうとした結果
適応障害となった感じです。

適応障害中も一生懸命仕事をしようとがんばっていたと思います。

そのおかげでどんどん症状が悪化していきます。

③公共性の欠如

微妙に事例が思い浮かびませんが、

おそらく欠如してなかったように思います。

④責任の不履行

あまり意識していなかったのですが、

任された仕事をこなしている途中で症状が悪化し休職してしまいましたので、途中で投げ出した感はあります・・・。

当時は一切責任を感じてませんでしたが、
後々職場の皆さんには尻拭いしてもらったん

だろうなと気づき申し訳ないと思ってます。

⑤反社会性行為の繰り返し

一切なかったように思います。

反社会性行為ってどんなことなんでしょうか???自覚なきまま実は犯していたりし

て…(笑)

「その他」

①身体的愁訴

眠れないという症状は多々ありましたが、

誰かに訴えたりとか病院に言ったりだとか

ということはしませんでした。

②社会的な引きこもり

逆でしたね。突然会社を休んで

ロードバイクで遠出してみたり、

カラオケに行ってみたりといろいろ

行動していた気がします。

③職業または学業上の停滞

基本的に思考が停止していた気はします。

仕事をしていても基本午前中は仕事

にならないし、物事を考えようとしないし、

単純なミスが明らかに増えました。

 

適応障害には一般的にこれだけの症状があるようですが、
ほぼほぼ当てはまりますね。
一気に症状が出たというよりは

徐々に増えていった感じはありますので

最初は病気を疑ったりはできないと思います。
 

5.適応障害と診断されるまで

時系列形式で書きます。

2018年4月に転勤&単身赴任となる
2018年9月産業医の先生より心療内科を受診するよう進められる
2018年10月病院に行き適応障害と診断される


診断されるまで、約半年です。
8月頃からもしかしたらうつ病なのでは?

が頭をよぎります。

 

6.適応障害と診断されてから

診断されるまでは、

正直うつ病だと思ってました。
適応障害の存在を知らないんですね。
病院でもらった薬で、仕事に対する不安感や睡眠不足は若干改善されたように感じました。
ただこの先少しずつ症状が悪化していくことになります…。

症状①仕事にいけなくなる

ある朝ベットから起き上がれなくなります。出社時間ぎりぎりになっても

起き上がれません。
最初は月曜日なので、よくあることだと思い

無理して出社してました。
夜は特に憂鬱な気分ではなかったため、

翌日からはいつもどおり出社できると思っていました。
翌朝、前日と同じようにベットから起き上がれず、やむなく会社を休むことに。

休みの連絡を会社に入れた直後
不思議と体が動き出すんですよね。
その日は一日買い物を楽しんでましたので。

症状②仕事に行けない日が増えてくる

その後も朝起きれないという症状は出ておりました。
無理して出社してましたが、

ある日二日連続で休むことになります。
三日連続は罪悪感を半端なく感じたため、

出社しますが相当無理していたと思います。
その後、月曜日に隔週で休むようになっていきました。

症状③会社を休めなくなる

隔週で休むようになり、

少なからず罪悪感を覚えるようになります。
上司に適応障害であることを打ち明けようと思っていた矢先に一言
「○○は毎週休んでるよね」

と笑いながら言われます。

おそらく言った本人は冗談だったと思います。
それを冗談だと思える余裕はすでになかったんですよね。
いつもなら「いやいや隔週ですから」と突っ込んでます。

だけどこの一言のおかげで、

休みづらくなるのは確かです。

7.その後の流れ

まさかの休職

年末年始の大型連休を乗り越えて
完全にリフレッシュしたかに思えたのですが
症状はさらに悪化していきます。
休む日は増加していき、

とどめとなったのは、

3日連続で休んでしまったことでした。
4日目は上司命令で休むことになります。
実はこの少し前に、適応障害であることを相談しました。
それを受けて、心配してのことだったのですが。
そして産業医の先生と相談をし、
休職することになります。

産業医の先生に言われた一言

正直休職することには抵抗感がありました。
はっきり言いますが、

僕の中ではイメージが最悪でした。
逃げるみたいで嫌だったんでしょうね。
休職は嫌だと告げると、
「休職することは逃げではないし、恥ずかし

いことでもない。あなたが、完全に復活する

ためには、長い休息が必要。

たかが数ヶ月じゃないか。

人生何十年とあるうちの
数ヶ月なんてたいしたことじゃない。」

 

完全に思考停止状態で何を言われても
響かないのですが、ここは受け入れました。

休職を受け入れた本当の理由

休職を受け入れたのは
産業医の先生の説得3割
原因物質の除去の可能性7割

がある程度わかっていたからです。
休職は2月からなのですが、
僕を適応障害に追い込んだ人物が4月に

移動することが確定していたからなんです。

思いがけない転勤

病院で診断書をもらっていたのは
「1ヶ月の休職」で
2月は休職して3月から復職する予定でした。

ある日、
上司から呼び出され、思いがけない提案をされます。
3月に僕を元の職場に戻すという提案です。

僕は、今の職場に来てまだ1年経過していません。
逃げるみたいで嫌だと断るのですが、
「○○が完全に復活するには、今の職場にいるより、前の職場に戻るほうが絶対にいい。もし今の職場にいても、△△(適応障害に追い込んだ張本人)は移動するかわからない」

 

適応障害を治療する方法は
ストレス元を取り除く必要があるのですが
上司はそのことをなぜか知っていました。

 

 

上司は適応障害だったのです(笑)

 

そして僕は3月で元の職場に戻ることになります。

8.そして改善へ

これで、僕を適応障害に追い込んだ
原因は取り除かれ、回復するはずなのです。

が………。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

次回は転勤後の状況を書いていきたいと思います。

 

ではまた。